☆彡地球の歩き方

 貧乏個人旅行のバイブル「地球の歩き方」のダイヤモンド・ビッグ社が学研の子会社に事業譲渡されるらしい。今後も「地球の歩き方」の出版は続くようだが少し寂しい気もする。

 私たちがよく使う貧乏旅行という言葉は、お金がなくてリッチな旅行ができないという意味ではなく(イヤお金はないんだけど)、あえて選ばせていただく貧乏旅行ということなのである。なんなら「旅行」という言葉も使わず「旅」といいたいところだが、そこはちょっとテレがある。とにかく、いかにお金を使わずしていかに長く、いかに思い出に残る充実した旅ができるか、それこそが昭和後期から平成初頭にかけての私たちの最大の課題であったし、財布の中身が乏しくなっても平然と旅を続けていられる人はスーパーヒーローであった。

 地球の歩き方の黄色い表紙が目立つから海外でスリやサギのターゲットになりやすいと紙のカバーをつけ、それでも誌面の断面の青色でばれるからと断面をペンで塗った人たちもいると聞く。よく考えたら道端で本を必死で見てたらそれだけで観光客って丸わかり、というかヨーロッパでアジア人がトコトコ歩かずにうろうろ歩いてたら観光客に決まってるやん。ちなみに、現在の地球の歩き方は断面に色はついていない。

 地球の歩き方の思い出と言えば韓国である。「オーナーのオバチャンは日本語がわかるのでとっても安心!」という情報の載っていた安宿に行って「今日泊まれますか?」と日本語で聞いたところ、大声で「ハアァ?(オバチャン日本語わからない)」載っている情報が、一般の旅行者からの口コミ(しかもいつの情報なのか?)が多いのでこのようなことがよく発生する。

 仕方なく、つたない英語を駆使して部屋を借りた。三畳ほどの狭い部屋だったがトイレとシャワー(トイレ個室内にシャワー……便器とは50センチも離れていない。日本人にはとても使えないわ)つきでオンドル(韓国式の床暖房。床の下を温水が通っている)つき。1泊2千円以下なのに素晴らしい! 暖かいし床にビニールを敷いて洗濯物を並べておいたらすぐ乾く。トイレの壁に穴が開いてて外の土が見えてるのが玉に瑕だけど。

 早めに部屋が決まったので安心して、荷物を置いて街へ出た。おいしそうなお店やかわいい雑貨屋さんのウインドウを楽しみつつふと考えた。「あのトイレに開いてた穴は何かな~」「土が見えてたから外とつながってそうだけど、蛇とか入って来ないよね。虫もいやだなあ」「いや待てよ。あの穴、頑張れば人間だって通れちゃうよ」

 私はあわてて引き返し、宿の廊下で洗濯をしていたオバチャンに訴えた。「部屋替えとくれ!」オバチャンは洗濯の手を止めて不思議そう。「トイレもシャワーもついてる一番いい部屋にしてあげたのに、なんで?」「いやとにかくトイレもシャワーもなくていいからあの部屋だけは替えとくれ」「へんな子だねえ。シャワーなしの部屋だったら、ほら、こんな共同のシャワーだよ」と廊下の反対側にあるお風呂場を指さす。「いいのいいの、共同のシャワー大好き」

 長い廊下の片側にいろんなタイプの部屋がずらっと並んでいるらしい「ここなんかどう?」ニヤッと笑ったオバチャンの背中越しにのぞくと、だだっ広い部屋にお姫様チックなダブルベッドが置いてある。どうやらこの宿は旅人向けの安宿、兼ラブホテルみたいだ。ラブホテルでもさっきの穴よりはましだけど、こんな部屋めちゃくちゃ高いんじゃないの。足元見られたかな、とためらっているとオバチャンは「アハハハ、冗談冗談」と笑って隣の部屋に通してくれた。ほんとに冗談だったんだか……。

 さてその夜のこと。街でおいしいものも食べておなか一杯になり、新しい部屋の布団の上でうつらうつらしていると、廊下の方から大変な騒ぎ声がする。3人の酔っぱらいが家に帰れなくなり、急遽このホテルにやってきたらしい。おばちゃんが廊下を案内する間もうるさいこと。そして私の隣の、あのラブホテル調の部屋に泊まるらしい。おばちゃんが廊下を歩く時に「隣の部屋には日本人が泊ってるわよ」と言っているのが、なぜかその部分だけ冷静に韓国語を理解でき、眠気も吹っ飛ぶ私。オバチャン何を言ってくれてんねん。個人情報もセキュリティもあったもんじゃない。

 じっと息をひそめていると、ラブラブなお部屋に興奮した酔っぱらいたちがさらにヒートアップ。あのお姫様ベッドに乗っては何回も床に飛び降りたり、大声で唄ったり。いまに「日本人の部屋に行ってみようぜ~」なんてことにならないかと生きた心地がしない。私は地球の歩き方を手に取り、広域地図でホテルの場所を確かめ警察を探した。もし「ドンドン」と扉を叩かれたらすぐさま窓から逃げ出せるように。いや待てよ。韓国の警察って信用できるのだろうか? そういう予備知識は仕入れてなかったな。警察はやめよう。大使館か領事館……幸い、近くに日本大使館があった。縮尺を見て、走れば数分でたどりつけそうなことも確認。

 有事のために寝間着を普段着に着替え、スニーカーを枕元に置いて薄手のコートを羽織ったまま寝た。といってもぐっすり眠れるわけもなく、結局夜の1時頃から朝方5時頃まで酔客たちの大騒ぎは続いたのである。その夜は「もう二度と安宿になんか泊まらないぞ。明日はいくらお金がかかってもいいから駅前のYMCAのホテルにしよう」と固く心に誓った。でも喉元過ぎれば……で翌日もやっぱり安宿に泊まったのでした。オーナーのチェックと他の宿泊者のチェックはしたよ。

 

 ヨーロッパ旅行の時は地球の歩き方推奨のブリュッセルのお宿「sleep well」というホテルに泊まったが、夜通し私の窓の下で街不良少年グループが騒いでいて全然眠れなかったのもよき思い出です。この名前はシャレかな。

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コメント: 3
  • #1

    まりこ (火曜日, 08 12月 2020 12:01)

    めちゃくちゃ面白い�です。大爆笑❗️

    何かに載せて欲しい、、です。

  • #2

    かんちゃん (水曜日, 09 12月 2020 20:33)

    ああ!また旅がしたくなってきたよ!そう言えば、この時福岡か山口から船で行ったんだっけ?船で数時間で外国に行く話になんだか不思議な感じがして、ワクワクしたよ。

  • #3

    雛澪 (木曜日, 10 12月 2020 00:56)

    まりこさん、私も自分の旅日記は時々読んで笑っています。記録って大切だなあ。
    何か載せるところがあれば紹介してください~

    かんちゃん、下関から一晩かけて船で釜山まで、そこから特急セマウル号でソウル入りしたよ。船内は大きな荷物を背負った韓国人の行商のオバチャンたちで一杯だったよ。